作家に迫る(第二十回)九千房政光 |カタログ「秋華洞」2022年春号

九千房さんはまず謎のアーティスト「masa」さんとして私達の前に立ち現れた。もともと、私達で扱う方向になっていた人形作家 daikichiさんが、ネット上で、どうにも気になる造形の人がいる、として教えてもらったのだ。

その頃、masaさんはツイッターで、謎の仏像の顔や体の制作過程を発表し続けており、一部のファンに熱狂的な人気を得ていた。その繊細な造形は私ども秋華洞の者たちも魅了した。だがmasaさんとは一体誰でどこにいるのだろう。なぜこんなものが作れるのだろう。なぜ匿名で作品を発表しているのだろう。すべてが謎だった。

函館市で賞をとったと、ある日masaさんのツイッターに出ており、連絡をとって作品と作家本人に会いに行くことにした。極寒の函館でmasaさんにお目にかかった。名前は九千房政光といい、非常に珍しい名前であること、現役の中学校教諭であり、アーティストとして生きていくのも理想だが、教諭としての生き方も大事にしたいこと、などなどをお聞きした。人柄はアーティストと言うより、まさに真摯な先生という感じで、今まであったことのないタイプであった。

九千房政光「大日如来胸像」

一番不思議な点は、なぜ彼の「観音像」が繊細でリアルで、しかも仏像としての聖性まで備えているのか、という点であった。モデルはいないという。ただ自分にとって理想の仏像を作りたい、と造形のテストを重ねていった結果、あのようなどこか女優を思い起こされる造形ができたということらしい。金箔が禿げたような古色は、現代でありながら平安の仏像の如き厳かな印象を与えるが、それはリアルにこだわって作り込むが故、かえって人間のように見えすぎるのを避けるためにあえて施した彩色なのだという。

目下の課題は、プロとしてこの観音様を売る仕事をしてよいものかどうか、ということであった。実は、教諭を続けながら、アーティストとして名を残した人は珍しいわけではない。画家の斉藤真一しかり、書家の井上有一しかり、彼らは中学校教諭としてしっかり仕事を全うした。九千房さんも我々が出展するアートフェア東京2022での発表に向けて教育現場とうまく調整することができた。

金箔を貼りつけ古色を施す

女性としての仏像、仏像としての女性として最初に想起されるのは村上華岳であり、ついで棟方志功である。日本的普遍の女性性・母性は時として聖性を帯びて感じられる。やや土着的な彼らの作品に比べて、九千房さんのそれは現代的でスマートな解釈とフォルムを持つ。しかし女性への憧れ、その母性が持つ永遠性への憧れは共通のものもあるだろう。

今年どういう発表ができるか。その時を待っている。

九千房政光 twitter @masa43035969

アートフェア東京は2022/03/11より開催

 

exhibition: ART FAIR TOKYO 2022 [ 2022/03/11 – 2022/03/13 ]