作家に迫る(第二十二回)里美穂|カタログ「秋華洞」2022年秋号

里美穂(さとみすい)は、糸の作家です。なぜ糸なのか、本人にもよくわかっていないようです。でも、確かに糸に惹かれる、糸を描かないではいられないそうです。

理屈抜きに好きだということは、もっとも力のある事でもありますが、独りよがりにもなりがちではあります。しかし、芸大の卒展で人目見たときに、彼女の世界がもつ繊細さは際立っていて、注目せずにはいられませんでした。

彼女の絵の中で、糸は何重にも絡み合い、ときに重力に従って垂れ下がり、ときに画面の四方に飛び散って、目まぐるしく視線の移動を誘います。そして同時に思います。この静けさはなんだろうと。

里美 穂(さとみ・すい)「夜呼」2022

本人自体はしかし、ちっとも静かではない女性です。好奇心がいっぱいで、あらゆる事物に興味を持ち、人の話を食い入るように聞き入ります。そして思ったことをそのままいう女性です。でも、その人が言うのです。この中に「静けさ」を感じてもらえたらと。

思えば、糸の描写とは線そのものです。西洋絵画が面だとしたら、日本絵画は線の世界です。しかも、一度限りの線です。これは、日本画にも、書道にも通じる日本人の世界です。さんざん何年も練習して、試合時に一撃で決める、剣道にも通じる、日本人独特の一期一会ともいえる「線」。それは日本の文化全般に通じる「一回性」への入り口。彼女の絵の魅力の一つは、その「線」がいつまでもいつまでも連続して楽しめるところです。

里美 穂(さとみ・すい)「黄花」

彼女の絵を日本画と名付けるかどうかは、定義にもよりますが、線による描写という意味で言えば、日本絵画そのものでしょう。執拗に等間隔の線を描く技術と根気と動機がなければ、この絵は描けません。

彼女は私どもが主催する崩し字の書道、解読の両方の講座に参加しています。彼女は、書の呑み込みが早く、平安や鎌倉の臨書も美しくこなします。彼女の仕事と深く結びついているので、興味があるのは当然ともいえますが、何事にも虚心に向き合う彼女の生き方をそのまま表現しているとも言えます。

里美 穂(さとみ・すい)「流静」2022

誰もいなくなった画廊に、あるいはたったひとりになったあなたの部屋の居間に、彼女の作品が静かにあるとき。そのとき、もっとも静かに、もっとも雄弁に、彼女の作品は語り始めるでしょう。人と人とを結ぶ、「縁」と「糸」について。(田中千秋)