作家に迫る(第十回) 岡本東子|カタログ「秋華洞」2019年春号

岡本東子は、池永康晟が牽引する「美人画ブーム」の伴走者としての役割を果たしてきた。
彼女の描く女たちは希望と絶望の間を行き来し、女性が描く女性像として多くの人の共感を得てきた。ただし、彼女の世界がいわゆる「美人画」であるかといえば、そうであるかどうかは実はわからない。

まず、「きれいな女の子のピンナップ」というのが狭義の「美人画」であるとするならば、彼女の描く女性たちはいつも其処からは外れていこうとする。むしろ「美人」という女性の約束事を離れて、個人としての生そのものに立とうとしているのだ。

岡本 東子「燃え落ちる」2018

では、松園で頂点を極め、大阪画壇によって一度解体された美人画の再定義という文脈においての「美人画」であるのだろうか。

確かに、描かれた女の「自意識」により変革を余儀なくされた大正時代の「美人画」の文脈で捉えられない訳ではない。ただ、彼女自身が美術史的な意味で「美人画」にトコトン寄り添うつもりであるかといえば、むしろもう少し私的な領域にいるように思える。

女という生き物に生まれてきた幸福と不幸、喜びと悲しみを引き受けた肉体をどう描くのか。おそらく何処までも人間に向き合うことに彼女の興味はあるのではないかと思う。

岡本 東子「黒南風(くろはえ)」2017

さて、本当に私が気にかけていることが一つある。

それは、彼女が生死をかけた戦いにどう挑んでいくかということである。私は彼女はまだまだ底力を隠していると見ている。実は個人的な事情も絡んで、今までの彼女の制作環境には制約があったのだが、今後それが徐々に外れていくはずだと聞いている。
その変化が彼女にどう影響するのか楽しみで仕方がないのだ。私は彼女の引き出しが、この10 年で見せたもの以上に深く豊かであると信じている。

われわれ秋華洞は、岡本の活躍をリアルタイムに紹介できるように、SNS での露出をサポートすることを始めた。アートフェア東京でも繊細で豊かな表情を持つ女性像を送り出してくる岡本東子は、さらに、変わっていくだろう。その「行方」をどうか応援願いたい。(秋華洞 田中千秋)

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